2008年10月19日日曜日

「・・・のノートは必ず美しい」という本について

 きれいな装丁につられて、つい読んでしまいました。「東大合格生のノートはかならず美しい」という本です。

 著者の方は、多数の高校生のノートを集めて分析され、そこに共通点を見出されたわけで、そのご努力に心から敬意を表します。字がきれいということではなく、一生懸命工夫をしながら勉強しているということがそれぞれのノートからうかがえました。

 ただ、一点だけ気になったのは、この子たちは、要するに、膨大な知識を体系的に整理し、理解するという点に秀でているということ。しかも、「柔軟な思考力を験す」というお題目をよそに、年々「知識整理・理解」型の大学受験になっていっているから、こういうノートをとる方式の勉強が有効なのではないかということです。

 以前、本ブログでも「会議録づくりだけがソツなく上手なキャリア」「『法律がこうなってるからできません』と連呼する職員」のような、

  事務処理能力はあり、
  できない理由を網羅的に見つけ出すこと

に長けているが、

  創造力・ひらめき力・変革力

にかなり欠ける卒業生について書きました。もしこの先、ノートを几帳面に作り、知識を整理する部分だけが磨かれていって、そういう生徒ばかりが合格し、上記の職員のような人ばかりを「輩出」するのでは心配です。

 他の例をあげると、学生時代の先輩に、「プリンタのように高速かつ正確にノートをとる」と評判の方がおられました。しかもキレイに。

 授業中にノートをとる音や書き込むスピードが、教育用コンピューターセンターにあったラインプリンタ(現在のプリンタと違って、かなり音がしました。)が印字する音そっくり。

 あるいは、みどりの窓口にマルスシステム(座席予約システム)がありますが、小生が学生の頃は、“ダ、ダ、ダ、ダッ”という独特の音をたてて横長のキップを印字機が印刷しました。彼が授業中ノートをとる音とスピードが、このマルスの印字機にもそっくりでした。

 しかし、キレイにノートをとり、試験前には周囲から有り難がられ、しかもご本人の成績も良かったというこの先輩ですが、哀しいことに社会人になってある企業に入られた後は不遇な日々だそうです。

 社会で求められている“力”は、ノートをとる力だけではないわけで、勉強=ノートというような誤解を招くことは、上記の本の作者の意図するところではないと思います。

 いろいろと考えて、小生は、この本どおりの手法を子供に薦めることはやめておこうと考えています。

① 行をあけながら、余裕をもってノートを使う
② 見開きの左ページだけ使い、自分で学習したときに右ページに学習成果を書き留める

という点だけを、しばらくは話していこうと思います。

この次は、「創造力・変革力のある人のノート」を、どなたかが集めて分析してほしいところです。


<参考>
 「会議録づくりだけがソツなく上手なキャリア」 http://japaneseeducation.blogspot.com/2007/05/blog-post_05.html
 「『法律がこうなってるからできません』と連呼する職員」 http://japaneseeducation.blogspot.com/2007/04/blog-post_30.html

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